日記・コラム・つぶやき

2009年1月 4日 (日)

今年もよろしくお願いします。 いろいろ雑感

 2009年になってしまいました。 喜びも悲しみ苦しみも・・何があろうが関係なく時は正確に刻んで進みます。 無情のようでもあり、癒しでもある時の流れと積み重ねをありがたく感じています。

 年末年始は家事が忙しい上に特別番組がいろいろあってドラマをゆっくり見る暇がありませんでした。その録画しておいた特別番組を1~2ヶ月かけてゆっくり見るのが我が家の通例です。とは言うものの、時間を作ってソドンヨは頑張って最後まで感想を書いていこうと思います。 

 家事の合間にほんの少し見た年末年始の番組ですが、やっぱりNHKTV、ラジオは見応え聞き応えありましたね。その中の一つ、面白かったのは、ナンダコリャこれくしょん 今度は俳句だ!(再放送)という番組です。途中から見たのですが、おもしろいこと、おもしろいこと・・。私にはなんの想像もつかない一見なんだこりゃと思わせる俳句ですが、選者が解説解釈することでパ~ッとイメージが広がって、そう解釈するのか!と目からウロコ頭がグルグル・・。知的な刺激いっぱいの時間でした。 俳句を通してのこんな知的で遊び心たっぷりな会話を今まで見たこと無い!昨今はやりの高学歴クイズ番組もある面楽しいけれど、知識の多寡ではなく、会話や解釈のやりとりそのものを楽しみたい!と思いましたね。

 そして、経済危機や放り出された非正規社員の問題、底の抜けた社会保障、などの特集番組の録画を見直してじっくり考えてみる予定です。政治が自分の生活に直結しているな~と実感しましたからね~。若者の就職(就職口がない)、親の病気介護(いろいろ金も条件も制約ありすぎ)、結婚に出産(どこで安心して出産できるのか不安、)、年金(記録もれてましたよ~!)、リストラ(マジ困る)、低賃金働きすぎ(病気か死かほんとに心配してます)、・・・具体的にぶち当たって問題の多さにあ然とするばかりです。声を挙げなければならないでしょうね。 

 何はともあれ健康で暮らすことが一番大切、そうありたいと願っています。今年もよろしく御願い致します。

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2007年12月 3日 (月)

商店街vs大規模店舗 のつづき

 着地点の見えない話のつづき・・。

 ウン十年を振り返ってみると、スーパーの浮き沈みってものすごい。飛ぶ鳥落とす勢いっていわれていたと思ったら新規参入があるとあっという間に落ちぶれる。そして閉店。その新規スーパーでも、新鮮でお魚が良いな~、って思っていたら、また新しいお店が出来るとお客はそっちに移動して、急に品揃えが悪くなって魅力が無くなっていく。生鮮食料品が新鮮でなくてはそこで買う意味がないのに。そのうち巨大スーパーが出現して、中小は閉店して大型スーパーどうしの仁義無き戦いの様相。

 食料品なんて販売している品物はどこでもたいして変わらないのに、ごっそり客が移動するんですね~。お客の心理としては新しいスーパーが出来れば、早かれ遅かれ一回は行ってみたくなる。 そうなると既存のスーパーは閑古鳥状態。一時的かもしれないが。 生鮮食料品、すし、刺身、弁当類が売れ残っているところを見ると、他人事ながら心配する・・。賞味期限もあるし、みんな捨てるのか???と。そうだとしたら 競争が消費者に利益をもたらす、とはとても考えられない。 

 田舎の何でも屋の個人商店や住宅街の中小スーパーは、近くにあるから価値がある。潰れてはまったく困る。厳冬や酷暑、雨風でもなんとか歩いていけるというのは魅力。あちこちの大スーパーは 車なしでは行けないところ。年をとったら豆腐納豆トイレットペーパーを買いに運転してまで遠くへは行けないだろう。

 町にある昔からの商店街は、お年寄りが頑張って専門店を維持している。お肉やさん、魚屋さん、ミソ、しょうゆ、米、総菜やさんなどなど。通りがかりでそんなお店を見つけると、ちょこっと立ち寄って買い物をする。福島でも新潟でも、中心地あるいはかつての地方の町には昔ながらの良いお店があちこちにある。大型スーパーにはない商品だ。そんな古い町に若夫婦や若者が良いお店を開いているのを見つけることがある。もっと中心地にある市場には喫茶店やちょこっと食べ物やさんがあって、お買い物に疲れたら腰掛けて食事が出来る。これって魅力的。気取っていなくていい。

 巨大スーパーのお客は若者、ファミリーが多く、○○ランドといったところ。外の雨、風、寒さ暑さもこの中では関係ない。一日楽しめる。中年はお呼びでないかな?

 何が言いたいか解らなくなってきたぞ・・。

 消費者としてはスーパーと個人商店、商店街は両方ないとダメ。その調整をするのが行政による規制なのだろうか。 今日はここまで。

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2007年12月 1日 (土)

商店街vs大規模店舗

 報道によれば、11月30日、改正都市計画法が施行 ということで、床面積が一万㎡を超える大規模店舗は郊外立地原則禁止になるそうです。

 いちまんというのは~~、あちこちにここ10年くらい前(確かでない)から雨後の竹の子の如く出来た何処でも同じ大型店舗クラス、のことでしょうか?実際の規制基準が良くわからない。そして最近急に出店スピードが上がったような気がしますが、この改正の影響もあるのでしょうか?記事を読んでも具体的なイメージが掴めませんね。

 それは別にして。

 その郊外の大規模店舗の集客力の影響で、中心市街地が沈下、とか地方都市の中心商店街はシャッター通りだとか以前より言われています。実際、あちこち出かけても、出かける日は土日祭日がほとんどですが、確かにシャッター通りですよ。郵便局、銀行や医院などが閉まっているのはわかるけど、それ以上にシャッターが降りてます。

 これもちょこっと横に置いて・・・。

 以前から夫と私はこの大規模店舗、スーパーVS既存商店街の話になると結構意見が違うし、若者もお店に対する見方がいろいろなので、そこいら辺をちょこっと書いてみたいなと。

 やっと本題:

 まず、ごく一部若者に聞いてみた。買い物や、遊びにいくなら何処に行く? 

東京!(何で?) 個性的な店や専門店がある。東京の駅ひとつひとつが違う街並みで飽きない。色んな所へいったな~。本屋街は色んな本、専門書がある。いわゆる売れ筋しか置いていない大型書店なんか面白くない。服も同じ。世界からいろんな物が集まっている。 田舎じゃ成り立たないマニアックな店がいっぱいある。東京は歴史があるんだよ。(?)文化的深さがある。こっちはなんか事件でもあったのかってくらい街に人がいないね~。都会は混んでいるところが良いんだよ~。

 (もうひとりに聞いてみた) 新潟では、遊びに行くなら古町がゼッタイ面白い。郊外の大型店舗より、小さなお店が並んでいて見て歩くのが良い・・。

 街全体の雰囲気を楽しんで、ちょこっと素敵なところでお茶を飲んだり、お友達と歩いて楽しみたい、ということ。あるいは本当に欲しい物を手に入れようとすると大型店舗では用事が足りないということらしい。自分が気に入る所、好きなところというのが結構はっきりしている。

 つづく。

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2007年10月19日 (金)

生乳から作ったヨーグルト

  2007_051307nagaoka0153 我が家でも、健康志向からここ最近ヨーグルト(プレーンタイプ)の消費量が急増している。スーパーで、どの製品を選ぶか考える事が多い。植物由来の菌、腸まで届く、日本人に・・・というのもある。今回はこれにしようか、あれにしようか・・・。ある日ふと、気が付いた。生乳で作ったという製品があるではないか。生乳で作ったということは、生乳から作っていない製品があるということ?・・・。

 ちょっと気になっていたのだが、ある日疑問が解けた。地元の新聞記事でのこと。

 地元ではおなじみヨーグルトで、我が家も飲むヨーグルトとして愛用している製品。一般のヨーグルトは脱脂粉乳を主原料として作られるのだが、この会社の製品は生乳で作っていると紹介されている。そうだったのか~。

 確かにビタミンなど生乳で作る利点はあるようだ。脱脂粉乳で作るというのは、想像するに安定供給、安定した均一製品を作りやすいという利点があるのかもしれない。

 原料が国産であれば、私はどっちにしてもあれこれ種類を楽しみたいと思っている。

しかし、これほどヨーグルトなど乳製品が個性豊かに、種類多くスーパーにずらっと並んでいるのを見ると、消費量は増えていると思っていたのに、昨年のニュースだったか、なぜか生産農家は牛乳を捨ているという。 生き物から頂くものだからなかなか上手く調整できないのかもしれないが、残念な気持ち。

 昔はご近所に乳牛を飼っている農家があったり、多くの家はヤギを飼っていて、それこそ絞りたてお乳を飲んでいた。鍋で湧かして、表面の皮を兄弟でとりあいっこしたもの。あの乳臭い匂いのする牛乳をまた飲んでみたい。

写真は乳牛でなく、山古志の闘牛。我が家にいた農耕牛とちがって大きい。おっとり、そして堂々。優しい目でした。

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2007年8月23日 (木)

満天の星空が見たい

 見上げれば、高い青空いっぱいに刷毛で描いたような、真綿をひっぱったような雲が広がっていた。夜はひんやりとした空気が部屋に入り込んでくる。

 こんな夜は星や月を眺めたくなる。だけど、星は近年ちょびっとしか見えない。いわゆる有名な星座しか見つけることが出来ない。以前は満天の星空という表現がぴったしだった。手が届きそう、あるいは、こぼれ落ちてきそう・・。小さな星達がきらめき何座何座とはっきり解らないくらいに輝いていた。ほんのちょっと前までは・・。

 昔、いとこが天体望遠鏡を家持ってきて土星を見せてくれたことがあった。そのリングのある姿はそれはそれは、かわいいとしか言いようがなかった。
 ある時、母が孫達に望遠鏡を買ってやると言った。姉夫婦は大きいものはかたづけるのに大変だからと小さめのものを望んだ。私たち夫婦は欲があった。大きいことは良いことだ、大は小を兼ねるの言葉を信じ、大きい物を選んだ。結果どうなったか・・。

 さっそく庭で月のクレーターを観察することにした。月を見つけることは子供には無理だった。照準合わせがまずできない。そしてやっと合わせて見えたと思ったら視界からサーッと月は消える。当たり前だった。クレーターはくっきり見えたが、子供に見せる前に視界からほぼ消えた。そんなこんなで結局は邪魔物にされた望遠鏡・・・。

 望遠鏡がなくても、家族みんなで外に出てあの星この星、と話をしていることが楽しい。夫は流れ星を見つけるのが上手い? さて、何を御願いしていたのでしょうか?

 ここ、田舎でも近年真夏の暗闇というのはなかなか見られない。遠くの光でぼんやり明るい。子ども達に真っ暗な空に輝く満天の星空を見せてあげたいなと思うときがある。

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2007年8月22日 (水)

暑さも限界

 猛暑が続いたと思ったら、今度は雷を伴っての土砂降り。最近はなんでも極端過ぎ。それでも、ひと雨降る毎に秋が近づいてきて夜はすっかり涼しくなった。庭や畑から、ツーンツーン、コロコロ、チキチチ、ジージー、色んな音が聞こえてくる。 昨晩はスイカの皮を畑に投げてやったので特に良く鳴いてくれました~。(ほんとかな)

 新聞を読んでいたら、この暑さでお年寄りが自宅の部屋の中で亡くなっていたという記事があった。そんな話から、あるTV番組の話になった。人間の脳は暑さに弱くて(42~3度だったかな??)死滅するそうで・・・。私はその番組を見てなかったけれど、なんか分かる気がするというか、実感・・・。先日書いたけれど、あの炎天下に短時間いただけで、頭痛がしてアイスノンで冷やしたけれどなかなか治らなかったことを思い出していた。やっぱり、あの時生命の危機だったんだ・・。ひえ~(冷や汗)。

 私は大人だから、熱中症にならないよう一応備えをした。でもこれ以上外にいたらまずいことになる、という判断をして草取りを切り上げた。しかし、子供はそこがなかなか出来ない。
 我が子が小学一年生の時、子供を置いて部屋を締め切って出かけたことがあった。帰宅して仰天した。ガラス越しの日差しに部屋は暑くなっていた。汗ダラダラで遊んでいたのだ。暑いなら当然窓を開けるだろうと思うのは大人の考え。我が子だけかも知れないが、暑い、だからこうすれば涼しくなるという発想がないらしい。

 疲れを知らない子供という言葉があるが、元気いっぱいという意味だけでなく、疲れるとか、暑いとかの限界の感覚、訴える感覚が大人より鈍いような気がする。少し大きくなっても、危ない時がある。例えば、スポーツやクラブ活動。指導や監督する方(先生とは限らない、生徒という場合もある)が、科学的知識、最低限の体を守る知識がないと、体の限界まで、それこそ倒れるまで言われることをやり遂げようとするのではないだろうか。さぼることは悪いことと自己規制が働く、あるいは先輩後輩の厳しい目線の中で嫌だと言えないなど・・。
 
 このかつて経験したことがない異常な暑さの中、運動する、直射日光に当たる、などは生物としての人間の限界を超えているといえるのではないだろうか。子供は風の子元気な子、とか、真っ黒になって外で遊ぶことは良いこと、日焼けは良い、など思いこみや、精神論で接してはいけない、と思うんだけど・・・。

 
 子供の頃、私の住んでいる田舎では、真夏の昼間は村中ひっそりとしていた。みんな昼寝をしていた。時々アイスキャンデー売りのカランカランという鐘の音と追いかける子供の声、蝉の声が聞こえるくらい。そのかわり、日が昇る前から競って畑に行き、夕方また、田んぼや畑に出かけた。それは長年の智恵だろう。

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2007年8月16日 (木)

猛暑に耐えられ無い体

 連日の猛烈な暑さで、ほとほと参った。

 だらだらしてたら暑くていやになるからと、朝早くから猛スピードで家事をこなす。そこまでで汗びっしょり。この時間ならさほど暑くないなと考えて欲が出た。脱水予防に、のどが乾く前に水分補給をして、ついでに梅干し一つ。長袖を着て、帽子をかぶり、タオルを首にまいた上で、日陰をねらって草を少し取った。30分もしたらもうひどい汗。もう限界でやめる。 頭がすでにがんがん痛い。ぬるめシャワーを浴びて頭を冷やす。それでも痛いのでアイスノンをタオルでまいて首と頭を冷やす。 なんか危険な予感・・・。
 昼寝をして起きたら、顔が異様にむくんでいる。そういえばオシッコがあまり出ていない・・。(スイカはいっぱい食べたんだけど・・・) 夜、TVを見ていたら疲れていつの間にかうたた寝していた。目をさますと今までに経験したことのない背中の筋肉痛。な、なんだ???明日の朝むくれた顔がすっきりすることを祈って(笑)寝た・・。

 水中毒にならないようスイカを食べ(利尿作用があるという)、塩分補給もしてたんだけどね。(昔、水ばかり飲んでひどい目にあったことがある)
 夫に「こんな日に外で働くな」と叱られた。草が生えようが何であろうが、こんな日はだらだらしているのが一番と言う。私は毎年夏の草取りは朝と夕方にすると決めているが、それでもこれほどひどくなったことは今までに経験ない。来年こんなことをしたらきっと救急車だ。いや、間に合わないかも・・。

 地球温暖化というが、一時であってもこんな猛暑が続いたら都会ではクーラーなしでは生活できなくなっていると思う。せめて、このギラギラ太陽熱の利用なんとか出来ませんかね。太陽の熱って簡単に言うと核融合とか核爆発の原子力発電でしょ?(言葉は正確でないかも) この熱を利用しない手はないと思ってしまったのでした。

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2007年8月15日 (水)

秋の訪問者 コオロギ 

 食後のスイカを食べ、テレビを見てごろごろしていた。どこからか虫が飛んできてひょいと脚に止まった。一瞬ギョっとした。コオロギだった。暑い日々が続いているとはいえ、秋はすぐそこまで来ているのか・・。部屋の障子に登りついたりしていたが、いつの間にか姿が見えなくなっていた。  しばらくしてふと見るとテーブルの上にコオロギがじっとしている。前足にスイカのタネを抱えて。  ああそうか、こんな暑い日々の中のどが渇いていたのか・・・。 食べたスイカの皮を近づけるとこれまたしがみついて食べている・・・。よっぽど嬉しかったらしい。  一晩部屋においてもなんだと思い、うらなりキュウリもプレゼントして庭にだしてやった。夜更けに開け放した窓から、ガチャガチャ、ジージーと虫の声がしていた。  翌朝見たらコオロギの姿は見えなくなって、キュウリとスイカの皮だけが残っていた。 

 じっとスイカにしがみつくコオロギを見ていたら、水をほしがっていた最後の姿を思い出し、「あんたももっと生きたいんだね」と声をかけたくなった。

 
 コオロギも「千の風」だったのかなあ~

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2007年8月11日 (土)

梅干しつくりの反省会

 初めての梅干つくりの反省会。  いろいろ反省点がありました。

まず、漬け込む梅の量。 ザルにぎっしり載せたのに、干し上がりをみれば、あらら・・。こんなモン??足りない~! 夫はシワシワになったものを見て 梅干し○○○とはこのことか~!とセクハラ発言。
そうなんです。最初はやっぱり大きな樽にでもつけ込むくらいでないと足りません。来年は大きなポリの容器に最初漬け込んで、後でカメに保存することにしました。

 その次。三日三晩、梅雨明けに干す、というところであせってしまいました。例年より梅雨明けが遅く、これがあせりの原因になってしまった。10数年前梅雨が明けたのがなんとお盆明けという年があったので、4日間晴れという天気予報に飛びついたわけです。天気予報をよくみれば南の海上に台風発生と言っていたのを意識は無視した。まだまだ来ないと都合良く解釈してしまっていた。台風が近づくにつれ、風が強くなり、細かなホコリまぶしになった気がする・・。そして進路によって起きやすいフェーン現象。これで、夜露に当てるどころではない、三日三晩人間も梅もすっかり水分取られました。 いい時期は必ず来るから、あわてず待つ。これが大切で意外と難しい。
 シソは良質のものでないとダメ!といわれたので、今回はすでに塩もみしたものを手に入れた。
 乾かそう乾かそうという気持ちで、生乾きをひっくり返しちゃったら、ぺろりと皮がはがれたものがいくつか出てきてしまった。そんなのあせらなくともいいのに・・。ここはじっくり乾ききるまでそのままでも良かった。そして裏返す。
 
 本によれば、干した梅とシソ、で保存、梅酢を混ぜないとなっているが、伝授された方法では、梅の一段にザラメ砂糖を撒き、段重ねをして一番上に干したしそを置いて梅酢も入れちゃう。 砂糖というのは驚きでした。どおりでうまいわけだ・・・。カメで保存。
 減塩梅干しで塩分を少なくする方法もあるが、かびないためには20%にして、と言われたので当分20%でいくつもり。
  ・・・なんとか漬け終わって後はできあがりを楽しみに寝かせていますが、ちょっと心配。
 実が柔らかすぎて皮がやぶれたものは小さいガラス容器に漬けて毎日チェックして眺めています。手作りはなんか豊かな気持ちになる。 そうそう、シロップ漬けに梅酒も作って楽しんでいます。

  

 

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2007年8月10日 (金)

また 夏になれば

 小学校の頃、夏休みの登校日は8月6日か9日だったと思う。(15日の終戦記念日だったかも・・)その日はサイレンとともに必ず黙祷をした。その一方で、被爆や戦争の話、いわゆる平和教育を学校ではしなかったような気がする。 
 いつからか登校日が変わり、「黙祷」は無くなった。  ある大人びた子が言った。「あのな~、せんせーの給料日に合わせて登校日が変わったんで~。きったね~」 ほんとかどうかはわからないが、そうやって、黙祷もなくなり、子ども達には遠い戦争になっていった・・。今思えば戦後そんなにたっていない。大人達にとって嫌な戦争は思い出したくなかったか、高度成長のほうが気になっていたのかも知れない。

 しかし、図書館には長崎原爆の写真集がしっかりあった。こどもたちは全員ひっそりと繰り返し繰り返し見ていた・・・。傷ついた母親が子供に乳を含ませた写真、焼けこげになった体・・。悲しく、放心状態の目。あの衝撃は今でも思い出す。しかし、ずっと続く苦悩と知るのはもっと後になってから、だ。 
 今でも学校図書館にあってこどもたちは見ることが出来るのだろうか?

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 戦争のことはあんまり話したがらない父だが、いまのうちに、と子供と一緒に聞くように心がけている。今回はこんな事を言っていた。

 Q:捕虜になっていっぱい死んだんでしょ?

 A:いっぱい死んだ・・。栄養失調で死んだ。恨んで死んでいった。
 フィリッピンはもっと悲惨で、みんな餓死した。(身内も餓死したことを初めて知った、爆撃で死んだと思っていた のに・・。) 食う物が無くて人間を食った(という話だ) あの村でもこの村でも10人くらいは戦死した。

  仕舞っていた叔父の遺書を取り出してきたので見る。僕が死んだら見てください。それまでは開けないように、と書いてある。父上母上に続いて兄弟ひとりひとりに感謝をつづる。 
 二十歳そこそこの青年に、お国のために喜んで死んでいきます、なんて書かせて。バカヤローとなんどでも言いたい。もし自分の子供だったら怒り狂ってしまう。親はどんな時代でも我が子がお国のためといって命を捨てることを喜んでいるわけがない。そんな声を押し殺し、今生の別れ、と遠くまで見送りに行った祖父母。何十年たっても我が子が可哀想で可哀想でと泣いていた祖母。行け!行け!と威勢良く言う人達は、どんな人達だったのか。

 戦争と、愛国心教育、マスコミによる情報操作、市民相互監視、市民団体への圧力、物言えぬ空気、自由な言論の封殺はセットですから。 また形を変えて行け!行け!という声が大きくなる日がやってこないよう・・・。

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2007年8月 2日 (木)

母ちゃんになるのも大変だ

 梅干し作りに挑戦している。お天気があまり良くなかったので、やっと干し始めた。ところが台風がやってくるというではないか、ぎりぎり・・・。

 親類縁者が集まる席で、お得意の漬け物や料理が並ぶ・・・。は~私はこんなに作れない・・。と呟いていたら、おばさまが、「なにね~、桃栗3年、柿8年、母ちゃんなるのに30年て言うんだがね~、そのうちなるわね」といわれてはやウン十年。 母達に任せっきりで何もしてこなかったツケが・・。 

 一年に一回しか梅干し作りチャンスはないわけで、直接伝授するチャンスはそうそう無くなってきた。口伝をメモリながら始めてみました。できあがりが楽しみですが、なんか量が足りない・・・。みんな欲しいと言っている・・。

 梅もぎは御願いしてシソも御願いしてのインスタントだけれどやってみると、それでも手間と時間がかかるんだわ。楽しいけれどね。笹団子づくりや干しカブ(干した大根)作りもそうだけど、手間、暇惜しまずせっせ、せっせと親類分まで作っていった農家の母ちゃんの偉大さにあらためて気付かされます。
 春は畑に残った大根で干しカブ作り、草餅、ぼたもち、笹団子、ちまき、梅干し、秋は干し柿、さわし柿、白菜漬け、タクアン、みそ作り、納豆づくり、、、、もう忘れちゃった・。農家本来の仕事の他、家中の繕い物、布団、服作り、俵編み、雪囲い、・・・。ああなんという働きぶり。 

 30年なんてただ過ごしたって身に付くモンじゃない。百姓は百の仕事があるというのも納得。自分の無能さにつくづく気付かされる。

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2007年7月16日 (月)

揺れる家 は~怖い。

 やっぱり地震は怖い!     被害は後でだんだんわかってくるから情報注視してます。 中越地震と同じだといわれてます。何度も起きるのですね。 余震だけでも心が安まらなくて安眠できません。それが元で病気になったりするのですよね。 
 
揺れました~~。ガツンという縦揺れは感じませんでしたが、結構長く揺れました。どんどん揺れが激しくなるようで、その時は家が潰れるか~震源地に近いか~震源地はどこか~~逃げるか~と頭の中がぐるぐる。夫はこれはマズイと思ったのか玄関と縁側の戸を開け放す。 私はお湯を沸かしていたことを思い出して消しにいく・・・。そのくらい長かった。しばらくゆらゆらめまいのように・・・・・これは気持ち悪い。 すぐ後に余震も来ました。 3時45分にも強い余震。二階にる家族があわてて降りてくる。家が潰れる~といいながら。いやつぶれはしないだろうが震源地から離れていてもみしみしと怖い。とりあえず、あわてて飛び出してガラス戸に頭をつっこまないよう床に物を置くな!すべるぞ!と強く申し渡しておく。 さすがに掃除する気になったみたい・・。
  
 
 新潟市内は震度4。まあ体感はそんなものか・・。新潟地震の時はやっぱり激震だったんだな~とあらためて思う。あの時はしばらく続く初期微動から一気に激しい縦揺れ、がつんがつんとなんど激しい揺れが続いたか。凍り付く恐怖でした。家から飛び出した大人達は近所集まって何が起きたかと。あまりのことに地震だとさえ思わなかったらしい。はっと気付いて握りしめていたものを見れば、ミソ漬けだったとあとで引きつりながらも笑っていました。

 
 耐震補強を早めないと我が家はヤバイ!と家族みんな思い始めた。 大型になった台風も心配。

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2006年10月 3日 (火)

うどんVSそば

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昔は我が家ではうどんといえば細い乾麺でした。玉葱やネギ、たまに豚肉を入れた醤油汁に卵をとじ入れてゆでたうどんを入れて食べました。 冷凍品の麺を食べるようになったのはつい最近です。といっても15年くらいたつか。
 手作りうどんを初めて作ったのは、日○製粉のうどん用の小麦粉の袋をスーパーで見つけて作ったのが始まりです。これが美味しかったわけです。ビックリしました。子供に足で踏ませると大喜びでした。踏めば踏むほどこしがが強くなるようで、美味しかったのを覚えています。ポイントはあんまり厚く切らないことですね。芯まで火が通らないことがありますから。
 これを上回るおいしさに出会ったのは、群馬の山の中の普通のお店でした。こんなに美味しいのかと感激しました。特別のお店ではないって事は、このくらいのおいしさがここの地域の普通のレベルなのでしょう。私はうどんだけ頂きましたが、おそばもおいしかった!といっていました。埼玉の人が言うには、何かにつけうどんを食べるそうです。関東圏はうどん文化なのでしょうか、解りませんが。
 
 ソバといえば、一番いままでに強烈に印象が残っているのは、(新潟)松代町の日の出そばです。独特な味ですが、美味しいです。わたしはあんまりそばそばといわない方ですが、これは美味しい。そういえば最近食べてないぞ。
 福島の温泉に行く途中でよく蕎麦を食べますが、ここもお気に入りの所がいくつかあります。新蕎麦まつりとかやってますし。民家を移築したお店もあります。山の中でエビ天はあってもなくてもいいけど、エゴマのあえものとか、こづゆとか花豆とか、朝鮮人参の天ぷらってのもありました!が地元の食材がやはり嬉しいです。
 というわけでどっちでも美味しく頂いてるわけですが、家でお昼何にする?というとおそばうどんと必ず別れる。どっちでも良いんだけど、あの天ぷらを作るエネルギーが大変なのです。

 観光地に行くと、儲けが先だなと思えるたべものを出され、金額の高低でなくガッカリすることがよくあります。
輸入物と思える物ももちろん買いたくもないし、食べたくもありません。そこに住む人達が普段に食べている物あるいは、ハレの日に食べる地元食を味わって文化や生活の「豊かさ」を実感したいな~。

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